指揮者 前澤均氏の経歴

 ◀ 昭和16(1941)3月6日 生誕

◀ 昭和20(1945)逗子に移住

◀ 昭和22(1947)逗子小学校入学

◀ 昭和28(1953)鎌倉御成中学校入学

◀ 昭和31(1956)鎌倉高等学校入学

◀ 昭和34(1959)東京藝術大学入学

◀ 昭和38(1963)NHK交響楽団入団

◀ 昭和40(1965)クレセント・コールで合唱指揮

◀ 昭和45(1970)結婚

◀ 昭和47(1972)1年間ウィーンへ留学

◀ 昭和49(1974)ジュネス・カルテット結成

◀ 昭和52(1977)初めてオーケストラを指揮(横須賀交響楽団)

◀ 昭和56(1981)湘南アルス室内合奏団(旧リスティ・ディ・神奈川)結成

◀ 昭和63(1988)カワラ牧場での合宿・演奏会を始める

◀ 平成元(1989)湘南ユースオーケストラ設立

◀ 平成5(1993)大和混声合唱団との共演・指揮を始める

◀ 平成8(1996)サファリ・オーケストラの指揮を始める

◀ 平成13(2001)38年勤続したNHK交響楽団を定年退職

◀ 平成15(2003)大田区ハイドン室内管弦楽団の指揮を始める

◀ 平成27(2015)日本芸術文化振興会音楽委員

77歳のお祝い演奏会で過去を振り返って

昭和16年(1941)、東京江戸川区に会社員家庭の次男として生まれ、生後1年3ヶ月の時に小児麻痺にかかる。このことが、後にヴァイオリンと出会うきっかけとなる。

 

昭和20年(1945)、東京大空襲の直前に逗子に移る。逗子小学校入学と同時に、逗子に教室を開いていた堀内氏に入門、後に医師となる同門の親友美馬氏等に誘われ、小学生ながら大人に混じり室内楽の集まりに参加する。この時の音を合わせる体験で、室内楽の魅力に惹かれたと感じている。

 

鎌倉御成中学校では、元海軍軍楽隊の東浦龍氏の指導する吹奏楽部でアルトホルンを担当する。鎌倉高校進学と同時に、中学同級生浅井君の母(旧上野音楽学校ピアノ科卒)の紹介で東京藝術大学教授の東東美氏に師事する。高校では吹奏楽部と合唱部に籍を置き、主に合唱部では多彩な教養形成先生に師事を受けるという音楽生活をする。また、前述の東氏に誘われ、当時創立されたばかりの湘南交響楽団(現横須賀交響楽団)に入りオーケストラを知るなど、音楽三昧の高校生活であった。いつ勉強したのやら…。

 

昭和34年(1959)、東京藝術大学に入学。東東美氏、H.ホルスト氏に師事。この頃から兄の影響でNHK交響楽団の定期会員となり、毎月、日比谷公会堂で名演奏家の音楽を耳にする。

大学では、渡戸義子氏(Vn)、東東美之氏(Va)、内田陽三氏(Vc)と共にカルテットを組み、第2ヴァイオリン奏者として週3回ほどのカルテット三昧の生活となる。まだレコードが少なかった時代、東東美氏の家で聴いたバリリ・カルテットのモーツァルト弦楽五重奏曲ヘ長調が強く心に残っている。

昭和38年(1963)、卒業と同時にNHK交響楽団に入団。初ステージは同じくN響デビューであった外山雄三氏の指揮によるショスタコーヴィッチ交響曲第5番であった。入団直後からJ.マルティノン、E.アンセルメ、W.ボシュコフスキー、J.カイルベルト、W.サヴァリッシュ、L.マタチッチらの正統派の音楽に引き込まれる。また、オーケストラ以外でも当時設立されたN響室内合奏団のメンバーに加えてもらい、清瀬保二、林光、田中千香士、堀伝、川上久雄各氏らと弦楽合奏を共に味わった。

アルス弦楽四重奏団では第2ヴァイオリン奏者として川上久雄、内田陽三、斎藤鶴吉各氏と共に活動した。J・ランスロ(Cl)、O・ニコレ(Fl)との共演も良い思い出である。

 

このように、38年のN響生活は、オーケストラと室内楽の二本立てであった。

N響での共演で印象的な演奏家を思い出してみる。

 

・大阪バイロイトオペラ

ブーレーズ(Cond)、ニルソン(Sop)

ヴィントガッセン(Ten)、ホッター(Bass)

 

・イタリアオペラ

モナコ(Ten)、タリアヴィーニ(Ten)、テバルディ(Sop)

シミオナート(Mezz)、バスティアニーニ(Bass)

 

・スラブオペラ

マタチッチ(Cond)、チャンガロビッチ(Bass)

ギャウロフ(Bass)

 

・定期演奏会

Pf:ケンプ、シフラ、ミケランジェリ

Vn:スターン、シェリング、ボシュコフスキー

江藤俊哉、メニューイン(国連にて)

Vc:フルニエ、ロストロポーヴィチ

Cond:サヴァリッシュ、スウィトナー、シュタイン

マルケヴィッチ、イマーン、フルネ

ワルベルク、カバレフスキー

 

この頃のN響はまだ発展途上で、まだ手書きの楽譜もあるような時代であり、様々なことを教わり、感動する演奏会が多かった。

 

昭和40年(1965)、鎌倉高校合唱部OB合唱団(クレセント・コール)で5年間日本の合唱曲を指揮し、数多くの合唱曲に接する。

 

昭和45年(1970)、結婚。この年から務めた北鎌倉女子学園音楽科非常勤講師として、以後35年間教える。

 

昭和47年(1972)、1年間N響派遣留学生として、ウィーン・コンセルバトリウムにて憧れのW・バリリ氏に師事。週2回のレッスンと、オペラ座に通いつつコンサートマスターとして弾く先生の姿を見る生活を楽しんだ1年であった。

 

昭和49年(1974)帰国後、自分でカルテットを弾きたいとの思いから、N響仲間とジュネス・カルテットを結成、鎌倉日曜室内コンサートとして年2回、25年間50回の定期演奏を行い、現在も多くの弦楽四重奏曲に取り組んでいる。

 

昭和52年(1977)、根本氏の横須賀交響楽団第40回定期演奏会にて、初めてオーケストラを指揮する。

 

昭和56年(1981)、湘南在住の音楽家仲間に呼びかけ、湘南アルス室内合奏団(旧リスティ・ディ・神奈川)を結成し、地域に根差した音楽活動を始める。

 

昭和63年(1988)より音楽学生、卒業生を率いて青森県カワラ牧場にて4泊の合宿合宿とコンサートを始め、この夏で31回目を迎えた。古典からシェーンベルクなどの現代曲まで、多くの弦楽合奏曲に取り組んできたことは大きな財産となっている。

 

平成元年(1989)、逗子にて青少年のための湘南ユースオーケストラを設立。N響での経験を活かし、多くのオーケストラ曲をスコアに従奏体験させたいと、30年にわたり指揮・指導をしてきた。毎年行う3泊の合宿で多くの若者と交流してきたことも楽しい思い出である。今回のステージには、そこで経験を積んだ若者たちが多数演奏している。

 

平成5年(1993)、大和混声合唱団第23回定期演奏会より湘南アルス室内合奏団との共演で、オペラ(合唱曲)、ミサ曲など、延べ9回の演奏会で指揮をする。

 

平成8年(1996)湘南ユースオケOBによって結成された(初期のユースで若きコンサートマスターを務めた古原雄一君がその頃の夢を叶え大人になっても持ち続けたいと創設した)サファリ・オーケストラでは、25年にわたり指揮・指導を務め、今秋10月27日、紀尾井ホールにて第25回定期公演を迎える。

 

平成13年(2001)、60歳を迎え、38年勤続したNHK交響楽団を定年退職。退職と同時にフェリス音楽教室で非常勤講師として以後8年間教え、平成15年(2003)からは横須賀交響楽団以来の友人である石川明氏の紹介で、大田区ハイドン室内管弦楽団で10年間、春の演奏会の指揮をする。

 

また、平成27年(2015)から3年間、日本芸術文化振興会の音楽委員の命を受け、演奏ではなく、日本中のオーケストラ、オペラ、室内楽を聴くという立場の仕事で良い勉強をさせていただいた。

 

長々と思い出してみても、いろいろな方々のご縁をいただいてここまで来られたこと、大変充実した音楽生活を送って来られたことは、皆様に感謝以外の言葉がありません。自分なりの音楽で、もう少し皆と楽しみたい。

 

菜(な)と無根(からしなの)

柚はもっても瓜(うり)茄子(なすび)

大根(だいこ)は大根(だいこ)

下手(へた)は下手(へた)なり 【七代目団十郎】  2018年9月

 

サファリオーケストラの紹介動画をお楽しみください🎵

指揮者:前澤均氏
指揮者:前澤均氏

チャイコフスキー/弦楽セレナーデ2013.4.20 沖縄・南城市シュガーホールにて演奏